先入観ってのは誰にでもあって、なかなか苦しむこともあるのだと思う。
去年フィルターってタイトルでブログを書いたんだけど、これ、先入観ってことなのかな。 自分で色付けをしてるのかな。
アルジェリアの事件がありました。
僕が今思うこと。
東北大震災と同じだと思っています。
マスにしてもソーシャルにしても、メディアの報道に対して、当事者や関係者でない大多数の第三者の考えが一人歩き。 実名報道の賛否から 「被害者や家族の身になってみろ」
ものすごくシビアな問題だと思うのですが、基本的に二極化。
僕個人の意見としては、どっちでもいいし、むしろどうでもいい。 失礼な言い方かもしれませんが、そうなんです。
どなたが、どのような方がなぜ巻き込まれてしまったか、もちろん気になります。 ですが、名前先行の話題ではありません。正直、いつかお名前は忘れてしまう可能性が高いです。
第三者の考えが一人歩きすると怖いなと思うのは、ノイズが当事者の考えを狂わせてしまうかもしれないことではないでしょうか。
震災直後少し話題になったのは、 テレビで現地取材してたレポーターが、小学生くらいの少年に 「かわいそうだったね」
家族のこと家や環境のこと、まだ本人も自分の想いも自覚、整理出来てないだろうに、でもこちら側の意見を植え付けてしまったのではないでしょうか。
もちろんそんな議論がされてしまうことすら第三者の先入観ありき。
「それぞれの当事者性」を考えると何が話せるのだろう… 「先入観」と捉えられてしまうのか、 「思い遣り」になるのでしょうか。
第三者の場所で何かを考えるって凄く力がいるなー。それが第三者という当事者性。 当事者は感じて想った通りにいればいいし、そうしてほしいけど。 僕らの立場で何かをこうだ!って思い込むことほど怖いモノはありません。
為末大さんのツイートの中の一つ。
[blackbirdpie url=”https://twitter.com/daijapan/status/294943585344839680″]
為末さんはツイートを連投して一つの話題をされています。 Twitterの一部抜粋はその人の流れをものすごく断片的に見るので勘違いも起きやすいことは必ず頭に入れておかなければなりません。
そう、被害者やご家族全員が名前を伏せたいと思っているかどうかもわからないのです。 だから、ものすごく勝手な議論を僕らはしているのかなと思いました。
昨日のはるかぜちゃんと乙武洋匡さんのだるま先生の話も。
[blackbirdpie url=”https://twitter.com/h_ototake/status/295025302361473024″] そうでない人もいる。 でも、そういう人もいる。 ただそれだけなんですよね。
発言の自由と責任。 Twitterというツールが起こす距離感の麻痺。 考えの流れと断片をどう受け止めるか。 そして当事者性。
理解出来なくても受け止めることって大事だと思うんです。 微妙だと感じる話題だと思うなら、相変わらずの過剰反応で前が見えなくなる前に受け止めて考えればいいのに。
まぁ極論もあるから真ん中が見えてくるんだと思うんですが…
アルジェリアの件に関して。 ついでと言う訳ではないのですが、首相をはじめ政府関係者の発言がどうも日本人のみを心配してるように受け取れてしまいました。日本だから最優先かもしれないけど、もうちょっと何かあったのでは、と感じています。 同じように人質にとられてしまった外国の方の情報も、同じように報道されてもいいのではないかなと。
最後になりましたが、事件に関わった方の気持ちがいつか穏やかになることをお祈りします。
淡白な書き方でしたが、書き方がとても難しいんです…
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