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すなわち何かを諦めるということ。 明らかにするという意味もこめられている、と為末さんの本に書かれていました。(まだ読中ですが)そう思うとなかなかポジティブで、ちゃんと考えるということなんです。 iPadのkindleで読んでいるのですが、こいつはなかなか便利ですね。好きなところにメモを残せる。今まで手帳に書いていて本とセットで場所とってたんですが、うん、良い感じです。

友人が始めた仕事をほんのわずかですがお手伝いしています。 昨日は会社を仕切り直してもう一度前に進みたいということで、今後の話をしたいと言われ友人といえど上司に会ってきました。

要らないと言われると思っていたんです、正直(笑) 人員がそんなに必要ない状況でしたし、ホントにわずかな時間しかいなくてこれといって凄いことをやれているわけでもありませんでしたから。

ところがその逆で、自分の活動状況もわかった上で、できる限りでいいから協力して欲しいと言われました。 だいぶ融通きかせてもらうかもしれないけれど、それでも良いのかと確かめても。

嬉しいというか、恥ずかしいというか。 もし自分がその道を進みたい人であればこれ以上ない喜びでしょう。

先方とは久しぶりにゆっくり話ができて、話をしなくてもなんとかしようと思っていたところも丁寧に説明してくれました。なので逆に偉そうにも自分の意見もしっかり伝えてしまい… ただ、仕事に求めるもの、根底に共通するものは話さなくてもよくて、人としてお互いが求めるものということしか話してない気がします。 世の中にある大体のものの質はある程度均衡してるというか、飽和状態で今はなかなか突破するということが難しい状況をよく目にします。本当は気づいてないだけ、という意見もあるから負けじと自分なりにそれぞれを探してはいるのですが。 少なくともはっきりしているのは、突破する手段の一つが人間力であるということ。いたるところにあるサービスもコミュニケーションも、それは人と人が接しているということ。世代とか関係なくて、いつも変わらないのは、目の前にいる人と話をしているということ。

年末のブログには「受け手」であることが大事だと書きましたが、それは伝え方を学ぶため。どう受け止めるかが、どう伝えるかに繋がる。

あいかわらず少しずつしか手伝うことは出来ないということ、先方の買い被りかもしれないけど、自分が思っていたよりも必要とされているにも係わらず、そういう選択をしたということ。ホントに偉そうなんですが、このカタチが自分がイメージ出来る最大限です。 周りにいる仲間が最高に素敵で、いつか自分の幅が広がったらもっと何かしたい、もどかしいけどそんな諦め。

音楽業界の中に信頼出来る大切な人たちがいて、それ以外の場所にもちゃんと見つけられて。ああやってちゃんと目を見てくれる人たちがいるから、自分のイメージ膨らませられるのかな。そしたらもっともっと共有したい。 ありがたいことです。

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