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なぜだか、昔から何かとキリスト教に関係する場所にいました。 幼稚園、小学生時代の土曜学校、中高。 今親しいアメリカの友達と出会ったのは奉仕活動で日本に来ていたとき。 そのせいか、でもそもそもキリスト教に対する信仰心はとくになく、でも仏教に触れることもなく。 というわけで?偶然?手塚治虫さんのブッダを読みました。 オリジナルではなく、既に実在する何かを題材にするってとても大変なこと。 どこまで主観が入ってしまうか。しかも宗教・・・ で、読みました。 今日本に存在する大きな宗教団体に通じるものは感じられませんでした。 規模の問題でもないんですが。 何を間違えたの?っていう(苦笑) ま、知らないけど(笑) 莫大なお金をかけて、力を見せつけて。 ホントに信仰心があるなら青空教室でできるのに。 お布施や献金などが多くあっても変わらない生活をして、 それこそ「人」のために何かをすべき。 大きいお墓みたいな建物建てて、巻き込むことしか見えない。 それでいて堂々と自分は何を信じていると言わない人もいる。 心の中でひっそりと気にするような行動とは大違いなのに。 政治家だって芸能人だってさっさと言ってしまえばいい。 政治と宗教は関係ないし、金と宗教も関係あってはならない。 宗教と人の心もまた同じではない。 どの宗教にしても布教活動ってものがいまいちわからないんです。 宗教に触れるきっかけの一つではあるけど、 偶然(もしくは必然と呼ばれる時に)気づき、触れ、自然と湧いてくるもの。 押し売りに負けるのではない。それは服従。 ふとした瞬間にのぞいて、自分で開いていくもの。 こういうところに「気持ち」が見えない。

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