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エスパーじゃない。 伝えたい気持ちは言葉で伝える。 ただメールではなく、自分の声に乗せて。 歌じゃなくてもいい。手紙はもしかするとそうかもしれない。 もしかしたら目で感じてるのかな。 もし目が見えなかったら…音で感じるのかな。 もし耳も聞こえなかったら…触れたらわかるかな。 空気ってなんだろう。 あれ…昔のブログにも似たようなこと書いたような…デジャブ? あれはオリジナルとカバーの時の気持ちを考えたときかな。 聴いてくれる人に対して思うように、自分も歌えば歌う程、聴けば聴く程、うっすら見える理想のカタチは少しずつ変化していく。 沢山の人に出逢って別れていくから、変わらない方がきっとおかしい。 変わらないでと思う気持ちとが時間が経つにつれゆっくりか、正反対へ一気に、離れていくことを「今はもう違うんだね」と割り切ることはしない。 例えばクレッシェンド記号の様に、仮に直線だったとしてその時重なっていたものが徐々に離れていく線だったとしたら、角度がどれほどであろうと、その中にいるのが自分で。ホントはどちらも自由に動ける点とそれが通った軌跡的な感覚。 そしてそれは変な話いわゆる「現実と理想とのギャップ」?? その間にいる自分がしなければいけないと思うことは、 それがウソではないと信じ続けること。 その時その時の二線もしくは二点の間を何で埋めるのか。 気持ちだけじゃ頼りないなら言葉にすれば良い。 言葉だけじゃ頼りないなら気持ちで繋げば良い。 その最初の点が過去なら、僕はものすごく過去にこだわってる人だとわかる。 ただそのスタートがあったからこそ考えることをやめない。 それがなければきっと考えなかったことを今きっとたくさん想ってる。 そのスタートも僕がいなくなればきっと今浮かんでいる点や線は一体なんだったのかわからなくなり、やがて、消される。 消えるのか消されるのかは、いなくなった僕にはもはやどうすることも出来ない。 変わる歴史になるより事実であればそれでいい。 水。 静かな水面に滴が落ちれば波紋が起きる。 初めは小さく、段々大きく。そして細く薄くなり、やがて何事もなかったかのように静かになる。 いつかは消える。 言葉はやっぱり気持ちだと思う。少なくとも僕の場合は。 カタチとは少し違う。声に乗せて会話…が一番の気持ちなんじゃないかな。 多分温もりもカタチではない、と思いたい。 後ろを振り返った時に見える軌跡は自分の記録ではない。 楽しかったり、悲しかったり、嬉しかったり、辛かったり悔しかったり。 そんな記憶でいっぱいだと思う。 そんな記憶が自分を守って相手を守って、きっともう一度前を向けばそこは優しい。   2012/07/26追記。 [blackbirdpie url=”https://twitter.com/koshiroishikawa/statuses/228308729605533696″] [blackbirdpie url=”https://twitter.com/koshiroishikawa/statuses/228309705926262785″] [blackbirdpie url=”https://twitter.com/koshiroishikawa/statuses/228311757918183424″] [blackbirdpie url=”https://twitter.com/koshiroishikawa/statuses/228313791132225536″] [blackbirdpie url=”https://twitter.com/koshiroishikawa/statuses/228314332730118144″] [blackbirdpie url=”https://twitter.com/koshiroishikawa/statuses/228315582121009152″] [blackbirdpie url=”https://twitter.com/koshiroishikawa/statuses/228316707884777473″]  ]]>