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今年もそろそろまとめておくタイミングです。

今年の目標のうちの一つ、ボルダリングやれなかったのは残念でした。 インプットとアウトプットのバランスと同じくらい、頭と身体を動かすバランスもとても重要で、やっぱりやれなかったのは残念。ELEPHANTSも全くでして… 1年365kmランの目標も達成できませんでした。夏以降は完全に時間がなく。睡眠時間のこととか考えると今からじゃ…っていう毎日でした。ランニング中に考え事すると結構スッキリするから好きなんですけどね。 もうちょっと時間を丁寧に使いたい。

環境が大きく変わったおかげで随分と楽しんだ一年でした。 クリスマス終わったあたりから頭は既に年越してしまっていて、年末感ゼロです。 来年やることとやりたいことが割とハッキリしているのかも。

去年は感情的に過ごしてた反動なのか、今年は頭で考える時間を長く過ごした気がします。 だから今年は泣いてない\(子供かっ)/芝居の稽古期間とか平気で泣くのに(笑)

その所為か、その分というべきか、頑固になった実感が(苦笑)

未だにTwitterやFacebook、blogももちろん上手な付き合い方に落ち着きません。 基本的に面と向かって言えないことはネットに書かないようにしています。実名匿名の話はもうするのがめんどくさい(笑)

ただ、活字というのは相変わらず怖いものだと思います。速読出来ないのでちゃんと頭に話し声聞こえるんですけど、読む時頭の中で話す人はなんでこういう喋り方で声色で、こういう気持ちにさせる雰囲気を出すのでしょう。ていうか誰? なので僕は常に読み間違いをしている可能性があると思って読みます。それは、ある人が教えてくれた「美しい誤解」というところで済まないこともあるでしょうから。

いつもblogに書くのもだいたい2〜3時間かけて、読み直して、アップしてもまだ読み直して。下手すると数日間かかる。実際この記事もクリスマス明けからずっと再構築してる。 この作業は曲づくりとやってることは変わらない。この曲は何時にどういう状況や気分で聴くとどう感じるかってずっとやってるのと一緒。

だからこういうところに何かを書くって言うのは結構本気。 と同時にそれなりに一生懸命考えた意見を確実に残しておきたい。

ひよっこの僕が言うのもなんですが、芸術家って思想家なんだろうなって思います。芸術に携わらない人がそうでないというわけではなく。 ただ、大袈裟かもしれないけど、僕の場合それは常に意見にとどめておくことが自分のバランスを保つために必要。余白を残しておかないとその考えには余裕がなくなる。受け入れることができなくなれば、成長することはもうない。死ぬまで成長していたい。ホントに。 そういう環境は絶対あり続けるはずなのに、そうでなくなってしまう時が来てしまうことは、死ぬことと同じくらい多分怖い。別人になるような気がして怖い。だから信頼できる家族や仲間って偉大だな。ちゃんと突っ込んでくれる。

したたかで八方美人に見えたり優柔不断に映るのかもしれないけど、物事の幅を見極めるためになるべく真ん中らへんにいたいなって思うのです。端っこ行くと反対側遠くて多分見えない。僕視力悪いし。

なんでそこに居たいかって言うと。

僕が関わる環境のほとんどに音楽や芝居があって。というか「作品」がある。 そこには必ず作り手・伝え手・受け手の関係が存在する。

作者・表現者・観客。

でもこの関係って境界線がハッキリしてるものもあれば曖昧なものもある。例えばシンガーソングライターなら作者と表現者は同じだし。ライブ空間においてはお客さんの反応、簡単に言えば手拍子なんかも空間の表現の一部を担うわけです。

作り手でいるために、誰よりも受け手でいたいなって思うのです。多分以前と言い方が変わっただけですけど(笑) まだまだ出来るんだろうって思うから、悔しい。

作ったり表現するために一番大切なことだと思うから。

そしてそういう感覚は絶対に現場だけで動いているわけではないということ。 その吸収する渦みたいなものは常に日常生活の中にある。 だから変な言い方だけど、人生の受け手?生活の受け手?(笑) でも間違いなく僕はそこから作品を作ろうと見ているから、そういうことでいいや。 来年の目標にしようかな。

来年についていますぐお知らせできることはありません。

ないんですけど、不安少なく来年を楽しみにしている自分が不思議なくらい、年末モチベーション高くいられるのは、今年も沢山の方に出逢って触れて色々感じることが出来たことが嬉しいんだと思います。 これを来年も繋げて広げて成長して素敵な1年にすることを願いつつ、家族や友人をはじめ、繋がりある全ての皆様の健康とご活躍を心よりお祈りしております。

来年もどうぞよろしくお願いします。

石川晃士郎

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