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『ポップミュージックで社会学』/細貝和之 第1回 翼をもつ歌~ポップミュージックにおける果肉と種子について~   (僕の場合)小学生の頃、『ドナドナ』という曲は「戦場に向かう兵士の歌」という風に教わった覚えがある。しかし元々は「イディッシュ語」と呼ばれるユダヤ人の言語であり、「抑圧されている人間の悲しみを歌った歌」だということ。つまり、「ホロコースト、もしくはシュアーに送られるユダヤ人を歌ったもの」と思われる。しかし作詞者、作曲者共にユダヤ人であるものの1940年にニューヨークの劇場挿入歌として作曲。それが何らかの理由でホロコーストの始まる1941年には戦地の人々へと伝わった。   日本語で有名になるきっかけとなった反戦歌手のジョーン・バエズが歌った英語版では言語に忠実な再現(訳)をしているのに対し、日本語の歌詞では文字数の制限などによりそういった側面が消されている。 当時バエズがこの歌を日本で歌うことはCIAが目を光らせていた。ベトナム戦に対する反戦運動であるためだ。彼女が日本でこの歌を歌ったとき、彼女の言葉を通訳がまともに訳さなかった。当時彼女は通訳の仕事のできなさに腹を立てたが、後にCIAが通訳に脅しをかけていたことがわかる。   彼女が英語で歌うことで起こる変化。『ドナドナ』に込められた東ヨーロッパにおけるユダヤ人へのポグロム、さらにはショアーやホロコーストの記憶は、たんにユダヤ人への迫害を超えて、社会的な弱者への迫害に抵抗する調べへと普遍化した。このことはしかし一方で、イディッシュ語に込められていた記憶を消し去ることにも成り得る。 そして日本に伝わった時点で存在した3つのメッセージ。 1.1940年にイディッシュ語劇場に作られた際に存在していた、とりわけロシア領下でのポグロムの記憶。 2.第二次世界大戦末期にヨーロッパの難民キャンプで歌われた際の、ナチスによるショアーないしホロコーストの記憶。 3.合衆国でバエズによって歌われた際の、黒人への差別とベトナム戦争下における合衆国の暴力性に抵抗するメッセージ。   再び日本語版『ドナドナ』を考える。日本語歌詞を見る限り、あまりに人畜無害な子供の歌へと薄められている。バエズが日本で歌った際にその具体的なメッセージを消し去ろうとしたCIAの暴力的な検閲、ナチス支配下のショアー、さらにポグロムの記憶にまでおよぶ日本語版…。 しかし日本語版『ドナドナ』は、この人畜無害な子供の歌へといわば身をやつすことによって、日本の学校教育を通じてほとんどの日本人が知ることとなった。これが内面むき出しならば学校教育で楽しく歌うことはなく、多くの人が知ることはなかっただろう。このことは日本以外で考えられることはない。合衆国におけるバエズのベスト・アルバムに必ずしも収められるわけではなく、代表作ではない。一方で日本において彼女のまさに代表曲である。 合衆国ではCIAにとって札付きの反戦歌であり、一方イスラエルにおいてショアーの犠牲者や遺族を「哀れな子牛」という形で歌うことは、デリケートな問題をはらんでいる。 それに対して、それらの記憶やメッセージを表面的に払拭されることによって、意識的・無意識的な検閲をくぐりぬけ広く伝わった。これは深い内面・側面を消し去ったという批判的な見方ですむことではない。 筆者はこれを果物に例えている。私たちは親しみやすい旋律、甘い果肉をむさぼって、メッセージや記憶といった固い種を吐き出していた。しかしそれが芽吹く可能性もあるということ。強い記憶・メッセージは決して消えることなく、何かをきっかけとして芽を出し知ることができる。現に僕はこの本を読んで知った。       第2回 ラブソングとプロテストソング~ジャニス・イアンにそくして~   「ドナドナ、ドーナ、ドーナ」というリフレインは一般的に「子牛を追い立てるかけ声」と解釈されているようだ。イツハク・カツェネルソンを作詞者とする誤った解説付きのドイツ語訳のレコードには「ゴッド、ゴッド、ゴッド」とあてられている。筆者の知人はイディッシュ語で「アドナイ(元来ヘブライ語で『主』という意味)」ではないかと指摘。髪に対して直接「ヤハウェ(神よ)」と呼びかけるのは畏れ多い、「我が主よ」という呼びかけではないだろうか。一方で、イスラエルでヘブライ語を専門に研究している別の知人によると、「アドナイ」が「ドナ」に短縮されることはないという。 しかし筆者には、そうであるにしろ、囃し言葉だったにしろ、半ば無意識的に神への呼びかけや祈りがこめられているのではないかと推測する。歌い継がれていったときに、それが切実な祈りの言葉に転化する、その局面が大事である。   「日本のジョーン・バエズ」と呼ばれる、森山良子が歌う日本語版『思い出のグリーングラス』。故郷に帰ってくる女性という設定だが、オリジナルの英語は帰ってくるのは男性。作詞家の山上路夫が森山良子を意識して訳したものと思われ、2番までは情報量が多少減るものの忠実に訳されている。しかしオリジナルの3番歌詞では、それまでの場面が実は死刑囚が死刑の朝に獄中で見た夢だったというもの。「あの懐かしい樫の木の影のもとで、やがてみんな埋葬されるときに、家族がようやく一緒になれる」という意味が含まれている。そう考えると日本語版では「夢からの目覚め」というモチーフは残っているものの、重要な部分が抜けてしまったのではないかと思うだろう。 しかし原作者のパットマンは、「監獄にいようといまいと、長いあいだ故郷から離れている者には誰でもきっと、故郷で家族や恋人、友人と一緒にいたいだろう。売れるために、そこに『夢だった』という一捻りを加えた」という。もしかするとプロテストソングと理解する風潮への自己防衛の言葉かもしれないが、信じるならば、メインはあくまで「故郷への想い」。   原作者は「死刑囚の見た夢」というどんでん返しが売れるだろうと考え、一方日本語版はそういう設定を外した方が良いと考えた。そのまま訳していたならば特異な歌に成っただろう。実際オリジナル版はアメリカ・イギリスで大ヒットし、日本語版は日本で大ヒットした。「故郷の懐かしさを訴えて共感を呼ぶ」ことに関しては原作者パットマンも訳詞した山下路夫も同じなのだ。 ここには欧米と日本のポップミュージックの間に存在するリアリティの差異、何をリアリティと感じるかという現実感覚の差異がはっきりわかれている。 このあたりには少し違和感を感じる。筆者は、「端的に言うと、日本では『死刑囚』という存在が、およそ人々の共感や感情移入の彼方に置かれているのではないだろうか。もちろんそれは、たんに『死刑囚』に限られた話ではなく、おそらくは、もっと多様な私たちの社会の少数者、マイノリティにかかわる問題である。このことはそもそも、日本における私たちの共感の幅や社会的な共同性を問いなおす際に重要な視点を与えてくれるとおもう」。筆者がいつこう思ったのかは知らないし、もしかすると流行したその時点の話をしているだけなのかもしれないが、僕は既にこの時点にいると考える。   ジャニス・イアンの独立した「詩」として味わうことが出来る奥行のある歌詞。そして、彼女の歌の大事な要素に、社会的な事柄に対する強い関心をあげることができる。そもそも彼女はジョーン・バエズらが活躍している公民権運動のさなかに、黒人の少年と白人の少女の自費を歌った自作「社会の子供 Society’s Child」でデビュー。当時16歳だった彼女は天才少女と持ち上げられる一方で、人種差別を批判するプロテストソングを歌う生意気な少女、と激しく攻撃された。しかし、そういう社会に対する批判的な意識は一貫してあり、ボブ・ディランなどがそうであるように、ラブソングとプロテストソングを等距離で歌える感覚が彼女にも存在していた。 黒人公民権運動が拡大していくなかで、この曲とともにジャニスは賛否の渦に巻き込まれる。「白人男性と黒人女性」ではなく、「黒人男性と白人女性」の恋もしくは関係を歌うことの重大さが意図されているかはわからないが隠されているのだろう。この意味に関してはあまり触れたくない。   本書には紹介されている曲の歌詞が英語と筆者の日本語訳で載っている。 この回の後半に紹介される曲『ブラック・アンド・ホワイト』。12年間の活動休止期間を明けて1997年に出したアルバム「ハンガー」の1曲目。1965年の公民権運動当時は黒人と白人の熱い議論が交わし合う場面があり、つまり白人も担っていたわけだが、今は表面的には平等が達成されても、一種の住み分けが成立してしまっている冷めきった状況が歌われている。   僕は歌詞の一番最後に間違いなく共感している。「もしもイエスが黒人だったとしても、それともサンボの歯のように白かったとしても、私たちが覚えているのはイエスの肌じゃなくて彼の言葉のはず」。こういう映画出来ないだろうか。     ※本書は3部構成なんですが、最後の回はブログでは省略させていただきました。(自分のノートには残してあります。)     感想   この本を読み終えて、初め「歌」として見て第1回の中で重要なのは、オリジナルから訳すことによって伝わったということだと思いました。もし日本語版がこういう深い意味を持ちながらも、そもそも日本の曲として作られた歌だったならば。 …それでも伝わる時に伝わるのでしょう。強いメッセージをこめた背景があるのなら。そもそも誰かの発する「言葉」は必ずしも共通した理解で受け止められるとは限らない。それは文字数にある程度の制限がある詩や歌詞に限らず、普段の生活の会話からもそう。もちろん、本書は後付けの分類・解釈であります。そして僕の感想がほぼ筆者の考えるところから外れているだろうこともそう。(笑)   20歳くらいの頃の方がそういう意味では頭が固かった。変に「こうでなきゃいけない」って思っていました。よく思っていたのは、「同じ音楽の勉強をしていても、自分に関係ないリハーサルは絶対見ない!フェアじゃない。こういう下準備をして本番を見るということは誘導されて、そう聴かなきゃいけないから。本番一発だけを見てどう感じるかが大切なんだ!」って。まぁ今でも思ってるところあるけど(笑)。 これには自分のこととごっちゃにしているところがあると思っていて、僕の場合、練習を人に見られるのが絶対に嫌。必要以上に変なプライドをもっていて、しかもただの恥ずかしがりやっていうことかもしれないんだけど。だから練習中に邪魔をされると、最近は落ち着いてきてますが、かなりの確率でぶち切れる。それも関係して未だに必要以上に自分の進行中の活動や考えをあまり話しません。 それを自分がうっかり当事者ではないのにリハーサルという場所に潜入してしまった時の、なんていうか・・・申し訳なさ!勝手に人にまでこれをあてはめて勝手に不機嫌になる(笑)。   おもしろい。意図してなのか、そうでないのかはわかりませんが、少しの変化で思いがけず記憶に定着していて、わずかなきっかけで急速な広がりをもつ。最近は形にこだわらなさすぎているくらいちょっと緩い自分。ちっちゃく許さない奴が心の中にいますが、目的とプライドをもっているならなんだっていい。変に「自分の気持ち」への理解を求めたいがためにぎこちなくなるよりは、自分の心の中で、自分はその隙間を埋めることを忘れなければ。]]>