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前回のブログは明け方の更新だったので、夜中のような勢いありつつ、一晩寝かした気分もありつつ。 なので少し修正しました。

伝えること

以前、気持ちを後押ししてくれるという記事を書いたんですが、今日も一つ。 乙武さんのブログからです。

乙武さんのブログ

これは乙武さんが、「障害=個性」と話していたと報道されてしまった、本人の想いとは違う形になってしまったことに対しての記事。

僕が共感するのは後半。 引用します。

“僕にとって障害とは、「二児の父」「メガネをかけている」―― そうした要素とならんで、乙武洋匡を形成する数ある特徴のひとつ。

そして。

性格や能力、そして障害も含めた僕自身を形成するすべての特徴を 振り返り、それらを生かして、「自分にしかできないこととは……」と 考えたとき、そこに初めて「個性」が生まれると思っているのです。

僕は、この手足がないという特徴を生かして、多くの人々に 「みんなちがって、みんないい」というメッセージを伝えていきたい。 それは、『五体不満足』から一貫して強く思っていることです。

そうした信念で活動していくことが、僕の「個性」だと思っているから。”

乙武さんはこのブログで障害について話されてるけど、少し形を変えますが、僕にとって大事なのは、 「僕やあなたを形成する全てを振り返り、生かして、前を向くこと」。

どんなに辛い過去も経験も、どんなに嫌でもそれがあって「今生きている」。

それは間違えようのない事実。 そして今と未来を見つめる糧。

いつからか時が止まっているのなら、自分のペースで動けるまで待っていい。 無駄だなんて思えない。 ただ、それも間違いなくその人の時間だ。 誰のものでもない。

押しつけるわけではない。

でも待つことと逃げ続けることは違う。 そして過去を見つめるくせに、なんのための今かを知らないで生きるやつが大嫌いだ。

僕は臆病だ。どうしようもなく弱い。 誰がどうフォローしてくれても、それは事実。

だから辛いことがあった時、しばらく動けなくなる。そして確実に逃げる。 前を向くのが怖くなるから。

でも逃げ続ける先に何もないと気づく。 何もないなんて怖い。

だから前を向く。 やり直せるはずもないところまでたどり着くことが生きることではない、とどこかで確実に知っているから。 そんなことなら僕は辛さに出会った瞬間に、既に死んだことになる。

後ろを向く怖さに比べたら、前を向く怖さなんて対したことない。 必然でも偶然でも、変わるから。 怖くないように進む方法を探す。 誰か手を引いてくれる人を探す。 その手が離れるのが怖いのは、まだ手を繋いだことがないから。 通ってしまえば意外と怖くなかったなんてこともある。だからと言ってジェットコースターに乗りたいとは思わない。

不器用だと言われたことを自覚するならば、多分臆病で自分が弱いことに敏感だから。

考え過ぎとか隠すのがヘタだと自覚するならば、それが今の僕の精一杯の個性。 ただ、それは前を向くのに必死だから。

そして、変わらず僕はバカだと知る。

今を生きられるのは、大切な人たちがそばにいるからだと知る。

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