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無関係の中に唯一関係することのできる自分という存在。

こう言うとカッコイイ気がして(笑) じゃなくて。

おかげさまで自分は今も色んな環境下に身を置くことができています。 忙しくしてるということではなく。

誰でもそうなんですが、 一つ一つの環境というのは自分以外に繋がることの無い場所なんです。 それぞれの中身までが全て共通してる人はいないのではないでしょうか。内容、関わる人、家までも。 そういう、それぞれがそれぞれに成り立っていて、でもお互いは全く関係ない「居場所」で唯一共通、共有しているのは「私」という存在。 そう思うと結構楽しいもんで。 それぞれで感じたことを違う場所に活かせる可能性があるわけですから。

そうやって溜め込んだ感覚と知識がいつか「ひらめき」になる。 計算して作りあげたところにそれを超える感覚が出てきた瞬間、それは感動なんじゃないかって思うようになりました。

つい最近、ある人が 「当たり前の中のちょっとした違和感が人の記憶になる」 と言っていました。

そういうことなんだろうな。

たくさんのひらめきが自分の中に生まれる人は、たくさん感じられる人だと思います。 それは「受け止めることのできる人」。

毎年同じ結論に達するような、 正当化しているだけのような気もします。(笑)

その中でたくさん反省すればいい。 割り切ることとは、そうしなければカオスになってしまうこと。 諦めも含めて本当の決断は、カオスから抜け出したところにある。 似てるようだけど違う。 決断をどう捉えるか。

少し頑固になりました。

「権利」という言葉。 出来れば使いたくなかった。 この言葉を使ったがために、ボンヤリしていたはずが…きれいに枠を作り上げてしまった。 権利とか義務とか、責任とか…違う。 「そうしたい」という愛情の中から湧き上がる方がはるかに強い。

そうじゃない場面もたくさんある。 でも、そんな愛情を感動を魅せてくれる人や瞬間をたくさん見てきた。 ホントにすごいんだ。ドキドキする。

そう居続けられたらな。 多分それは、その逆も同じだけ感じてしまうはず。でもだからまた強く「そうしたい」と思う。

少なくともそれをずっと感じ続けられる人でいたい。

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